のんびり綴る

うつ病栄養士の崖っぷち人生!

ご飯は食パン

こんにちは柚餅子です。

今日は体調は悪いですが、気分は良いです。

起き上がれないけど鼻歌歌っちゃうくらいいいです。

そういえば、ほぼ絶縁状態だった父からチーズフォンデュセットが送られてきて困惑しています。

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さて、今日は私と母について書いていこうと思います。

私が鬱になった主な原因の一つに母親からの虐待があります。

虐待って言っても殴る蹴るじゃなくてネグレクトに近いですが、今日は当時どんな感じだったのか書いていきますね。

もし、今つらい思いをしている方や、虐待ってなんだろうなって思っている方の励みや知識になれば良いなと思っています。

 

まず、私は育児放棄が主でした。

ご飯はないし洗濯も掃除もしてくれない、させてくれない。

リビングにいるだけで睨みつけられる感じでした。

唯一許された居場所は自分の部屋で、トイレもまともに行けませんでした。

 

当時は妹達も小さく、毎週土日には皆でおでかけだったのですが、私はそれに連れて行ってもらったことはありませんでした。

妹達は不思議がったり、一緒に行こうとするのですが、その度に母に睨まれ文句を言われ、ひどい時は包丁とか出されて命の危険すらありました。

 

で、そんな環境での食生活ですが、私は平日は母が私を見たくないとの理由で基本的に祖父母の家にいたので平日の食事はありました。

ただ、休日は水も飲めないので自分で調達してから帰る必要がありました。

私の家はお小遣い制ではなく、何に使うからいくら欲しいと申請してもらう感じでした。

なので、いっつも友達とお菓子を買いに行くから500円ちょうだいと言っては休日のご飯となるように8枚切りの食パンと水を買っていました。

当時は家の中で音を立てると凄く怒られたので、トイレにもなかなか行けない生活をしていました。皆が寝静まってから行くとか。

そんな生活なので買ってくる水はいつも500mlの小さいもので、のどが渇いても一気に飲まないよう気をつけていました。

キツかったけれど、それで外に出されたり包丁を突きつけられたりしないのなら良いかと思っていました。

 

今現在私は様々な料理をします。

それはひとえにこの経験から、いつか食べてみたいものを自分で作ろうと思うようになったからだと思います。

料理のセンスもなんだかんだ妹が赤ん坊の頃に離乳食を作っていたので備わったのかなと思います。

ちなみに離乳食作るために部屋から出ても睨まれたりはしてました。ただ、面倒を見るのが嫌で私に押し付けていたのは母なので流石に切りつけられたりはしませんでしたけど。

 

こんな感じで、私が大学に行くまでの主食は主にパンでした。

今はお米大好き人間ですが、あの頃の反動なんだと思っています。

 

今つらい思いをされている方、どうか諦めないでください。

つらい思いを乗り越えても辛いことばかりですが、今置かれている状況はきっといつか改善します。

私も今辛くて死にたいと思っていますが、きっといつかはこの状況から抜け出せると思っています。

希望は捨てても命は捨てないようにしましょうね。

 

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