のんびり綴る

うつ病栄養士の崖っぷち人生!

母の残したもの〜誕生日編〜

こんにちは、柚餅子です。

秋も深まる今日この頃皆様は、今月23日と聞いて何が思い浮かぶでしょう?
パッと出た人は凄いですね。
そうです、秋分の日です。
そして、私の誕生日です。
f:id:yubeshi85:20150914191745j:image
 
誕生日。
実は私のあんまり好きじゃない日ベストスリーに入る日。
基本ぼっちで友達少ない私には試練の日。
もう、同じ9月23日生まれさんに問いたい、
いい日だったことある?と。
 
誕生日なんて祝われてなんぼです。
幼稚園から始まり小学校中学校高校と、誕生日の友達は学校で友に祝われ、家では家族に祝われるのがディフォでしょう。
しかし、何の因果か9月23日は祝日。
祝日って事はですよ?
幼稚園も小学校も中学校も高校も休み!
あまつさえ会社も休み!!!!
どこで祝ってもらえるのでしょう?
 
さらに最悪な事に、休みってイメージが強すぎて、休み>誕生日なの!!!!
誰一人として覚えてない!
覚えてても会わないからって祝いの品は無し!
私はあげたのに!高いのあげたのに!
あげた時私にもくれるっつっただろーが!!!
と、毎年怒り狂って過ごしていました。
 
毎年毎年寝る以外する事がない。
気がついたら夜、なんて事も多々あるよ。
去年なんて知らない間に24日になってたよ。
あれ?私年取った?って実感もゼロ。
いったい自分が何歳なのか毎年あやふや。
唯一の楽しみはケーキワンホール食べること。
 
で、ここで思うじゃん?
家族は?と。
 
驚くべき事に、自己主張せずに家族に祝われたのは10年くらい前が最後だった気がする。
そう、私の家族は祝ってくれないのです。
これ見よがしにカレンダーに丸とかつけなきゃ忘れちゃうような人達なんです!
 
今現在は家族は父一人な私も、数年前は父母妹×2がいました。
誰かしら覚えてそうな人数はいた。
しかしながら、私の家庭環境は悪かった。
私と母が不仲すぎて悪すぎだった。
てか、母親に虐待されてた。
だから、まぁ、誕生日も当然忘れられてる。
 
まぁ、母親っつっても義理ですがね。
出会いは遡る事16年前。
出会った当初は優しかったのに結婚直後は棚の扉が1センチ開いてただけで、呼び出されて何故だと問い詰められてたくらいです。
知らねーよ。勝手に開いたんじゃないの?って思ってても言えない。
だって、暴力は嫌だったからね。
子供が大人に勝てるわけないない。
そんな感じで過ごす事10年。
私は鬱にもなったし吐血とかよくしてた。
 
で、そんな感じなんで誕生日だって命がけ。
特に印象的だったのは、6歳の誕生日。
お父さんが今日は我が儘言っていいんだぞって、普段大人しくしている私に気を利かせてレストランに連れて行ってくれたんですよ。
で、入って数分お父さんトイレに離席。
私は、その時ちょうどウエイターさんが運んできたパンを食べようとしてる時だったんだけど、父がいなくなった途端、母はそのパンを没収し、私が驚いてる間にパンにナイフをドスッと突き立て、唖然としている私に一言。
 
「何浮かれてんの?誕生日だからって調子乗ってんじゃねーぞ」
 
もうね、もうね、
恐ろしくてその後何も喉を通らない。
お父さんにどうした?って聞かれても、答えられない。声が出ない。
6歳だよ?浮かれるじゃん?
来年からは小学生で浮かれるじゃん?
年をとった事に喜ぶ年頃じゃん?
誕生日は特別な日って思ってる年じゃん!?
なのに、パンにナイフ刺されて、そんな事言われたら言葉は出ないよね。
あ、誕生日って特別じゃないんだって、幼い私は理解しましたよ。はい。
 
そんなこんなで怒涛の6歳誕生日を過ぎ、
やってきました7歳の誕生日。
舞台は祖父母の家。
自宅でないので安心してたら、びっくり。
自宅でなくても大暴れな母。
もうね、あっぱれだよ
TPOわきまえないもんね。
 
まずね、私生クリーム嫌いなんですよ。
つーか、甘いのがダメなんです。
食べられるケーキはチーズケーキのみ。
そんな私の目の前にはショートケーキ。
食べられない!!!!
それには流石に泣いた。
唯一の楽しみがなくなった瞬間でした。
 
で、悲しくなってたらケーキ分けるって言い出して、丁寧に切り分け始めたんだけど、おかしい事に主役の私の分だけない。
お皿すらもらえない。
あまつさえ、お茶入れろとこき使われる。
もう、やってられないって感じでした。
 
最終的に10歳の頃には誕生日はなし。
プレゼントどころかケーキもなし。
無き者にされた誕生日は虚しかった。
だからか、今でも意識しないと誕生日忘れる。
 
まぁ、でも当時は黙ってました。
なんだかんだ母を愛してたし。
誕生日をやってくれるだけマシだったので。
例え、妹が生まれてからはケーキは、妹の食べたいと選んだもので、やっぱり分けて貰えなくても。
プレゼントは妹が欲しいと言ったもので、誕生日会が終わったら速攻回収されてたとしても。
それでも、祝ってもらえるのが嬉しかった。
祝日とあって家族で祝うって習慣を付けさせられてたので、毎年毎年嫌がらせに耐えながら誕生日は過ぎて行きました。
 
で、一昨年、一人暮らしをはじめて最初の誕生日。
ケーキワンホール食べました。
もちろん、チーズケーキ。
好きなだけ特別な日にしようって思って。
ダイエットも止めて、好きなものを食べて、好きなだけ寝て、好きな人に会う。
 
母は私に、誕生日は特別でもなんでもない。
そんな考えを残してくれましたが、やっぱり幾つになっても特別ですよ。
ケーキうまいし。自分に買うプレゼントは格別。
自分で買うからはずれとかないですし。高価なものを自分にあげました。
 
母の残した爪痕はひどく心に突き刺さってますが、今年も元気に一人で誕生日をエンジョイしようと思います!!